2012年6月13日水曜日

日本人はなぜ自分の文化を安易に捨ててしまうのか

先日、保護者の皆さんを対象にした携帯(現在の携帯はもはやパソコン)の活用法について講演を広島大学教育学部の先生にしていただいたのですが、その時、配布された資料の中にここ50年間の若者が結婚に至る動機についての調査をまとめたグラフがありました。その調査によると、近年30%前後の男女が結婚をしないという結果が出ていました。40年前までは100%に近い若者が結婚をして家庭を持っているのに最近の若者たちはなぜ結婚をしない人が増えたのか。若者達にその原因を尋ねてみると結婚願望はあるが、出会いがないということでした。では、かつての若者にはなぜ出会いがあったのか。それを調べてみると、別に特別出会いの機会があったわけではないのです。かつて日本の若者たちはシャイで男女がであっても互いに交際を求めることができなくて、現在よりもむしろ出会う機会は少なかった。それにも拘らず、現在65歳から55歳代の大半の男女がよい出会いをして温かな家庭を築き、高度経済成長の波の中で、1戸建ての庭付きの家を買い求め、第2次ベビーブームを導き出しました。彼らは団塊の世代と呼ばれ、日本の経済を支え世界第2位の経済大国の礎を築いたのです。

では、この恋愛やゴウコンなど出会うチャンスがあまりなかった内気な若者たちはどのようにしてよき伴侶に会うことができたのでしょうか。それは、日本に昔からある習慣、お見合い結婚によるものなのです。この30%の若者たちの大半が結婚のお世話をする仮の仲人といわれる人たちによって見合いという場を作ってもらい、それをきっかけにしてお付き合いをし、お互いが納得したところで、正式な仲人を立てて結婚をしていたということです。昭和中期以前はむしろこのお見合いによる結婚が当たり前で、個人の意思による恋愛のほうが少なかったようです。お見合いによって結婚することになると、肉親にかわって、この仲人が新しい親となって、新婚夫婦の面倒や相談に乗る。即ち、かつて日本の元服式の時、生みの親から育ての親に変わるという制度がありました。平安の時代から行われてきた風習である烏帽子親をたて、大人を自覚するための知恵である習慣の形を結婚の形式に持ち込み、異性との出会いの少ない男女に出会いのチャンスを与え、更に生みの親から育ての親に代わることで、当事者たちは親への甘えを断ち切り、夫婦としての自覚を高める在り方が日本にはあったのです。今では、仲人を仲介する人もほとんどいなくなり、さらに、このような仲人を立てた結婚式に出会うこともなくなりました。

過去を知る私たちにとって、何かしらもの寂しい感じがするのです。若者たちが楽しむことを中心にした結婚式がよくないといっているのではないのです。ただ、かつて日本人が大切にしてきた習慣の中のある本当の意味を問い直し、よいものは継承してゆくということも若者にとって必要なことではないかと思い、敢えて紹介をしてみました。さて本日の話はこれで終わりです。本日も私の話に静かに耳を傾けたいただき感謝します。どうも有り難う。
           (合同朝礼 5月29日)

春霞と放射性セシウム

最近、黄砂の被害がひどく、洗濯物を干すのに困るとか、せっかく車を洗ったのにすぐに汚れてしまうという話をよく耳にします。私もその被害者の一人で、最近車の色をめずらしく黒に近い色にしたものですから、これまであまり気付かなかった黄砂がやたらと鬱陶しく感じるようになりました。はるか西の中国黄土高原から偏西風によって日本海を越えて日本全土を覆うこの黄色の砂の霞はかつて俳句や短歌に読まれ、春の訪れを喜ぶ歌として日本人の心をとらえてきました。

たとえば、昨年の『坂の上の雲』に登場した正岡子規はこの時期の霞について『行く人の霞になりてしまいけり』と読み、また小林一茶は『故郷や我を見るなりうすがすみ』。短歌では、和泉式部は『春霞たつやおそきと山川の岩間をくくる音きこゆなり』また、紫式部は『誰が里の春のたよりにうぐひすの霞にとづる宿を訪ふらん』古今和歌集には『春霞たなびく山の桜花うつろはむとやいろかわりゆく』そして、紀貫之は『春霞なに隠すらむ桜花散る間をだにも見るべきものを』などなど読んで春の訪れを喜び、またその中でよき人たちと出会うことを喜ぶという、嬉しい訪れとして日本人は受け止めてきたようです。確かに近年はこの黄砂が飛ぶ内陸部から東北部に工場地帯が乱立し、そこから排出される有害物質と一緒になって、黄砂は有害なものであるというイメージとなりました。特に日本を含む東アジアの国々では黄砂による被害が顕著になってきているとされており、一部の観測データもこれを裏付けている。これに加えて、環境問題への関心が高まっていることなどもあり、黄砂に対する社会的な関心も高まっています。一方、黄砂が自然環境の中で重要な役割を果たしてきたことも指摘されています。飛来する黄砂は洪水による氾濫堆積物や火砕物と並ぶ堆積物の1種であり、土地を肥やす効果があります。また黄砂には生物の生育に必要なミネラル分も含まれており、陸域だけではなく海域でもプランクトンの生育などに寄与しています。人間がかかわることなく自然の流れの中にあれば、かつての歌人や俳人が読んだロマンチックな春霞であったものが、人間がかかわると何故だか、危険なものに変身してしまう。

ところで、黄砂は私たちの目に見えるものですが、この度の福島原発事故で排出されている放射性物質セシウム137・ヨウ素131・キセノン133等は、私たちの目に見えないもので、しかもそれらに一度汚染されるとどのような悪影響が、どのくらいの年月で残るか判定できないという未だ人類の科学では解明できないものであり、私たちはこの有害物質に対して如何に対峙すべきなのかを考えてみなければなりません。この目に見えない放射性物質について考えるヒントをこの春霞と呼ばれる黄砂が私たちに与えてくれていると思うのです。春霞は偏西風に乗って私たちの街にやってきます。だから福島原発だったらきっと偏西風に乗って太平洋の彼方にというわけには行けないほど、この放射性物質は長期間にわたって地球を汚染するのだということを忘れてはいけません。かつて私たちの祖母や祖父の多くがこの汚染によって苦しめられ、今でも苦しい思いを抱えて生きておられます。決してあの原発事故は福島の原発事故ではないのです。私たち日本人の、そして私たち広島県の事故であるということを忘れないで、見つめていきたいものです。さて本日の話はこれて終わりです。本日も静かに耳を傾けたいただき感謝します。どうも有り難う。
         (合同朝礼 5月8日)

尽日春を尋ねて 春を見ず

尽日春を尋ねて 春を見ず
尽日尋春不見春 杖藜踏破幾重雲 帰来試把梅梢看 春在枝頭已十分
尽日春を尋ねて 春を見ず  芒鞋(ボウアイ=敗れた草鞋)もて踏遍す 幾重の雲
適(タマタマ)梅花の下を過ぐれば  春は枝頭に在りて 已(スデ)に十分
(「探春」 戴益 宋代の詩人)

生徒の皆さんおはようございます。1年前でしたか、中国の古老が今年は春を迎えられないかもしれないと思って、せめて春を見て死にたいと考え、山に入り春を求めたが結局春を見つけることができず、家に帰ってふと庭に目をやるとそこに、沢山の蕾を付けた梅の木を見てああここに春があったと喜び、その年を生き抜いたという話をいたしましたが、その原典は先ほど文頭で紹介したものです。中国陝西・甘粛省に住む年老いた戴益は、春を求めてひねもす歩いたが、どこにも春は見当たらなかった。破れ草鞋で隴山(中国陝西・甘粛省にまたがる山)の雲まで踏み分け入ってみたが無駄だった。庵に帰って、たまたま梅の木の下を通ったが、なんとその梅の枝に春が見事に拓いていた。

さて、皆さん、今年は寒椿、そして梅の花が同時に咲いて、その花が枯れ始めると桜の蕾が膨らみ一気に満開となりました。八分咲きから満開にかけて二度も雨が降り、更に強い風が吹いて、あっという間に葉桜になり、石畳にたくさんの花びらが舞い、その花びらを生徒の皆さんが毎朝、お掃除をして綺麗に片付けているうちに、もう皐月の花が咲き始めました。例年、高校の玄関付近にある真っ白な皐月の花がどの皐月の花よりも早く咲き始め、満開になるとその周りの赤やピンクの皐月が咲き始めます。その職員室の前に今年も生徒会の諸君を中心に接ぎ木をされた被爆桜の苗が根を下ろし始めたようです。植物たちの命の声が最も聞かれる春の日に、津田塾大学の山本先生からメールが入りました。昨年送っていただいた被爆桜が今年花を咲かせました。昨年は大変寒く被爆桜の木の上にも雪が積もり、根を下ろしているのかとても心配をしましたが力強く花を咲かせてくれました。朝日新聞が取材に来てくれましたのでその新聞と一緒にメールを送りますとあり、新聞の紙面には本学の被爆桜の子どもが花を咲かせている写真と、昨年入学した本校卒業生のコメントが掲載されていました。植物は、人間のいかなる利害や思惑を乗り越えて、ただ淡々と命の活動を私たちに見せてくれます。福島を始め、3・11の被災地は今ようやく桜の花が咲き始め、これからもっとも過ごしやすい季節を迎えるとのこと。この植物の変わることのない命の営みに比べ、私たち人間の活動の何とちっぽけなものか。命の営みの本質とは何か、命の営みは如何にあらねばならないか、改めて、植物の営みと対比して考えてみたいものです。
さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。 
(合同朝礼 4月24日)

2012年4月17日火曜日

平成24年度前期始業式(歳月は裏切らない)

生徒の皆さんおはようございます。春休みが終わり、平成24年度が始まりました。今年は、お彼岸が過ぎても冬がそのまま続いていると申しますか、本当に厳しい冬が続きました。しかし、歳月は裏切らないと申しますか、いつもの通り校内の桜の花が咲き始めました。先ほど新しい先生方を紹介いたしましたが、4月は新しい出会いの時でもあり、月曜日には新しい仲間が中学、高等学校に入学してまいります。

新しいといえば、この3月28日、本校はスーパーサイエンス・ハイスクールの指定を文部省からいただきました。この3年間の中学・高等学校の取り組みが認められたことになります。この頭文字をとってSSH指定校というのですが、全国で最終的に200校が認定を受けるハイレベルの科学的な教育活動を進めている学校に認可されるシステムです。3年前、中学校に自然科学探究コースを導入した時に、高校で何をなすべきかを問われることになると考え、このSSH導入を考えましたが、全国の指定校を見てみますとそれぞれ県のトップレベルの学校が指定を受けているようで、そう簡単に認定されることはないと思い、今年はまずは挑戦するということでエントリーをしたのですが、先生方や生徒の皆さんの取り組みがなかなか興味深いということで指定を受けることになりました。この指定を受けることは単に理系コースのみがよくなるのではなく、学校全体が活気付くという傾向があり、指定された学校はいずれも大変優れた成果を上げており、本校も必ずや良い成果がみられるようになると確信しています。

また、大学は児童教育学部や薬学部をはじめ私立の女子大として大変高い評価を受けていますが、その傾向はますます高くなり、入学試験の難度も全学科で高くなり、社会の評価も上がっています。何だかわくわくするような学園になり、皆さんと一緒に頑張りたいものです。また、昨年の福島県の原発事故で故郷を失っている人々を勇気づけたいと生徒会の諸君を中心に被爆桜を送る取り組みを進めていますが、そのことを聞いた多くの人々が共感して共に協力したいという申し出があり、先日も真言宗のお寺さんを中心に福島の被爆地のそばに植樹をされ、また、日本赤十字を通して被爆地に桜の苗が贈られたようです。特に今年送られた苗は、あの東日本大震災の起きた日に植樹をした苗であり、生徒の皆さんの何かしら目に見えない復興の願いのようなものを感じ、深い感動を覚えます。今後とも生徒の皆さんが一体になって平和への祈りを込めて取り組んでいかれることを願っています。

ところで、いよいよ懸命になって学習に取り組むべき時が来ましたね、6年生の皆さん。皆さんは好むと好まざるとに関わらず、受験生になったのです。君たちが単に色々問題を起こす生徒であったのか、それともエネルギーが余りすぎて、枠を越える生徒であったのか、この事ははっきりと試される年がついに来たのです。肝心の学習活動に、安田生としての誇りをかけて取り組みなさい。これができなければ、学年主任が信じてきた「この子達は必ずいつか変身する。大化けすると信じています。」といったのは大間違いだったということになる。君たちを深く愛してくれている先生方を裏切ってはいけません。

5年生の皆さん、本学園は皆さんの手の中にあります。皆さんはよく努力し、これまでに見られなかった実績を学習の面で残しました。それは高校で偏差値を伸ばしたという成果です。これは公立であろうが私立であろうがなかなかないことです。皆さんが本当の意味で安田学園の歴史を作りかえるのです。頑張りなさい。

3年生の皆さん、新しい教育システム第2回生。新しい取り組みの中で、本当に必要なものは何かがわかる学年です。コース制の導入の良し悪しは君たちにかかっています。しかも今年は中学のリーダーだ。何よりも学校生活を楽しく有意義に、そして激しく新しい挑戦に立ち向かいなさい。

2年生の皆さん、君たちの後輩が熱いまなざしで君たちを見つめるでしょう。その熱いまなざしをうけるにふさわしい行動をしなさい。良き先輩になるということは、後輩によい影響を与えるだけではありません。貴女たち自身の大いなる成長につながるのです。頑張りなさい。

先生方におかれましては、SSH導入という大変な教育活動を進めるということで、適度な緊張感の中にいると思います。その緊張感を生徒とともに味わっていただきますよう宜しくお願いいたします。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。
(平成24年 4月7日)