2011年12月17日土曜日

読書の秋、長編に挑戦しよう

生徒の皆さん、おはようございます。秋の夜長を皆さんはどのように過ごしているのでしょうか。6年生の皆さんは、受験生として最終コーナーに差し掛かり、一心不乱になって学習に専念していることと拝察します。もちろん、受験生でない4年生、5年生の皆さんも、午後8時から12時過ぎくらいまでは皆、自分の机に向かい、学習に励んでいることと思います。ところで、秋といえば読書。皆、どのような本を読んでいるのでしょうか。現在は、便利な機器が発売されており、本をめくって活字を追うのではなく、パソコンや、携帯で読んでいる人もいることでしょう。そのような人も含めて、すべての生徒の皆さんに、ぜひ挑戦してほしいことがあります。それは、この秋の夜長を長編小説あるいは随筆などをじっくりと読む機会を持っていただきたいということです。世界文学全集でも、日本文学全集でも、歴史の本、何でもいいですから一枚一枚ページをめくってじっくり読む時間を持ちたいものです。

私的なことで恐縮ですが、私が初めて長編小説に挑んだのは、中学2年のちょうど今時のことです。世界文学全集が父の部屋にあり、その中の1冊、コナンドイル著のシャーロックホームズの冒険という1冊を取り出して読んでいたら、日ごろはそばに行くだけで怖かった父が、何かしら優しい目で、何を読んでいるのかと声をかけてきました。日頃はまともに父と話などしたこともなかったので、緊張しながらこの本は面白いというと、次の日、その本が読み終わったらこれを読んでみるといい、と言って手渡してくれた本があるのです。それは、パールバックの『大地』という本でした。その本の分厚さに圧倒されそうになりましたが、怖い父親が初めて優しいまなざしで私に本を紹介してくれたこともあって、何とか読んで見ようと思い、机に向かいました。読み始めてしばらくすると、もはやその内容のスケールの大きさに圧倒され、時間のたつのを忘れ、夜は布団の中に入って読みふけり、気が付くといつの間にか眠っているという具合であったように思います。その後、デイケンズの『二都物語』等、高校の時代、並行して日本文学全集を読み漁っていました。私の片目だけがひどく近視になったのは、その時布団に入って少し首を傾げて読む習慣からではないかと思っています。ともあれ、一冊の長編小説『大地』は自分の思考の基本のようなものを作ってくれた気がします。それほどその本は大きな影響を私に残しました。

ところで、この十二月になりますと、司馬遼太郎著の大長編である『坂の上の雲』の最終章がテレビで報道されます。その長編をテレビではなくせめて単行本で皆さんに読み切っていただきたいなと思い、私から紹介させていただきます。この本は明治の日本人の純粋さ、本来の日本人のあるべき姿など、いろんなことを教えてくれる本であると思っています。日本人が置き忘れた本来の日本人の生き方、人間としての誇りのようなものをよみがえらせてくれる本だと思うのです。テレビ番組が始まる前に、是非『坂の上の雲』八巻を読んでみたらいかがでしょうか。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。
                 (11月8日 合同朝礼)